ちのっぷすの徒然五行歌

CHNOPSの塊に過ぎない私になぜ意識が生じたのか

今日の五行歌⑬

一週間があっという間

またまた1週間以上空いてしまいました。

過去の歌をアップすればいいだけなので、毎日更新できるはずなのに、このテイタラク

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        糸島に越して

     二十三年

     漸くここが

     故郷に

     思えてきた

この写真は自分で撮りました。構図が結構気に入ってます。もっとも糸島はどこを撮ってもそれなり素敵なんですが。

23年には実は個人的な意味があります。

時間差駆け落ち(!)で長崎の実家を出たのが23歳の時、すなわち故郷長崎で過ごした期間と糸島に移り住んでからの期間が同じになったのがこの秋のことなのです。

もっとも23歳から数年は福岡市内に住んでいたので、長崎県としてより福岡県民としての生活の方が長いのですが、福岡に、長崎に対するのと同じような気持ちは抱けないままでした。いつまでも他人の家に居候しているような居心地の悪さ、を感じていたのです。「~くさ」という博多弁にもなじめなかったですしね。(2,3歳頃に博多の叔母夫婦の家に預けられていたことがあったので、人生初期のお喋りは博多弁だったのかもしれないですけれどね。まぁ、叔母達も出身は長崎だったので、やっぱり長崎弁だったでしょうか。)

とにかく《福岡が故郷》と思うには至っていないし、これから先もそう思うことはないでしょう。でも福岡の一部、糸島には《故郷》と思えるような《何か》が芽生えつつある・・・そんな気持ちを素直に詠んだのが上記の歌です。

今は就職して他県に暮らす娘二人、とくに1歳でこの地に越してきた下の子にとっては故郷は糸島以外ないのですから、私にとってもここは大切な大切な、ココロの故郷。

今でも長崎には帰りたいし、原点は長崎、それは変わらない。それでも《糸島は第二の故郷》、その確固たる地位はもう揺るがないと思います。I love Itoshima,forever!