風の大地美術館
長崎に帰ると、即《徒歩モード》に切り替わり、どこへでもちゃっちゃと歩いて出かけます。
普段、歩いてたった5,6分の職場にさえ車を使っているのに、なんでだろ~~??
クネクネ曲がった坂道、しかも狭い道路を、軽自動車といえどあまり運転したくない、というのはあるのだけれど、それだけでなく、歩くこと自体が苦にならない、のですよね。
ほんとに不思議です。
で、今回はずっと行きたかった実家近くの風の大地美術館を訪れました。
道路を挟んで我が家とは反対側の斜面に建っているこじんまりとした私設美術館。
オフィシャルサイトのアドレスを貼り付けておきますね。
館長のウエダ清人さんは、元中学校の美術教諭でいらしたそうで、お話を伺っているうち、共通の知人がいることが判明!
30数年前、英語教諭として赴任していた壱岐の初山中学校のM先生(仄かに想いを寄せていましたが、残念ながら当時婚約者がいらっしゃいました)をとてもよくご存知でいらしたことがわかり、もうびっくりするやら嬉しいやら。
ほかにもタイピント画廊の山口社長や明松智さん、版画家の小﨑侃先生のこともご存知でいらっしゃいました。
小﨑先生にはまだお会いしたことはないのですが、とても気さくな方だそうで、「いつでも会って下さいますよ」と言って頂け、なんだか夢を見ているようでした。
繋がるときは繋がる!
そんな想いをより一層強くしました。
あまり時間のない中、思い切って出かけて本当に良かった。
実は今回の帰省は、父から二つのお願い事があったからでもありました。
ひとつは昨年出版した《ナガサキ あの日・あの時》に加筆したいらしく、その原稿の校正、編集を任されたこと。
もうひとつは北海道の叔父(父の弟)が亡くなったため、喪中葉書の作成依頼を受けたこと。
兄弟の中でも特に仲が良く、付き合いも深かった弟の訃報にはかなりショックを受けているだろうと思っていましたが、ガンで長く患っていたことを知っていたせいか、あまり落胆している様子は見えませんでした。
夕食は父母と3人で《吉宗》へ。
履物を預ける時の木札やカーンと小気味よく鳴らされる拍子木(?)など半世紀前と同じ、なんだか子どもの頃に還ったような気がしました。
父は「昔は蒸し寿司は二つ注文しよったが・・・今はもう一つしか食べきらん」と呟きましたが、90歳という高齢で、蒸し寿司定食をペロリと平らげるのですから、まぁ旺盛な食欲と喜ぶべきでしょう。
久し振りに一泊したので、翌日の昼食は母と二人で《夕月》へ。
こちらも老舗のカレー専門店。
ルウの色も味も少し変わったような気はしますが、手頃なお値段で、コーヒーもなかなか美味しい。
さて、帰省は19、20日だったのに、アップが遅くなったので今日はもう24日です。
先月に引き続き『彩の会』に参加し、有意義な2時間を過ごすことが出来ました。
10~20歳年上の友人たちばかりですが、お会いするのが本当に嬉しくて楽しくて・・・
提出歌のひとつが以下。
青いまま
老いていくのも
悪かない
とことん
青を貫いたなら
今日は、頼まれていた喪中葉書も発送できたし、充実した休日だったというべきかな。
明日も休みです。
明日は父のもうひとつのお願いに取りかかる予定、捗るといいな~。