12の目展と・・・
昨日の朝から長崎に帰省、今日の夕方戻りました。
行く途中に諫早の《さをり織り工房ながさき》に寄って、母への手土産に干支人形を買うつもりでしたが・・・買ったのは鏡餅! なんだか幸せになれそうなモチモチ、プクプク感が気に入って・・・
そして11月1日を迎え、
東山手甲13番館で、今日から開催の《12の目展》に早速行ってきました。
1年が経つのが本当に早い!!
去年、遠戚の惠子おばさん(水彩画家荒木惠子氏)に40年ぶり位にお会いできたのでした。
過去ブログ貼り付けておきますね。
写真OK頂いていますので、ランダムにアップします。
左は、例年造形を展示される濱本重和先生の絵画作品とわかりましたが、右はスタッフの方に聞いてもわかりませんでした。(12名のうちのどなたかの作品 m(__)m)
東山手甲13番館は、フジテレビ月9ドラマのロケ地のひとつだったのですね。
そういえば、東京に住む友人が知らせてくれていたのに、テレビを見ることのない私は、すっかり忘れていたのでした。(長崎が舞台だったのだから、少しは見ておけばよかった・・・)
2階の写真も撮らせて頂きました。
午後からは父を理髪店に連れていく予定でしたから、12時半には実家に戻りましたが、生憎と雨足が強まったので、キャンセル。
しばらくゆっくりしてから、帰ることにしたのですが・・・
父との何気ない会話の中で、とーーーーーっても、「惜しい!」ことに遭遇。
(今でもひょっとしてなんとかならないか、と思うほど惜しくてたまらないですぅ~)
何のことかというとーー
今年のノーベル平和賞に日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)が選ばれましたよね!
来月10日にノルウェーの首都・オスロで授賞式が行われるそうですが、それに参加しないかと父に手紙が届いていたのです。(11年前、被爆者代表の一人としてピースボートに乗船したからでしょう)
おそらく去年の父であれば、まだ何とか歩けましたから、参加したいと思ったはずです。(こんなチャンスはまずないですもんね!)
ですが、今年はもう殆ど歩けなくなっていますから、はなから無理だと、その手紙のことも今日になってようやく話題に。(ああ、せめて昨日だったなら!)
参加申し込みの締め切りは10月30日、最終ナントカが31日となっていましたから、昨日ならまだ滑り込みでどうにかなったかもしれませんが、今日となってはもう手遅れ。
(被爆者は当然高齢ですから)付き添いとしてもう一名乗船可能だそうで、父は「足さえ悪うなければ、お前を付き添いにして行けたとに」と少し残念そうに笑いましたが、私の方は「少し」どころか「大いに」残念でなりません。
参加者は、12月8日に出発して12日まで現地に滞在し、ノーベル賞の公式行事に出席したり、被爆の証言を行ったりするそう・・・こんな機会は、一生のうち、まず「ない」。
英会話、からきしダメとはいえ、英語教諭と介護福祉士の資格を持っている私は、そこそこお役に立てたかもしれないのに・・・と返す返すも残念!
受賞の演説を行われる被団協の田中煕巳代表は92歳(父より1歳下)、父もどうにかして連れて行ってあげたかったなぁ~(ホンネは自分が行きたいだけ?!)
参加募集の手紙には35名程度となっていたので、人数があまり集まらなければ追加募集があるかもと淡い期待を抱いていましたが、NHKの夕方のWebNEWSを見たところ31名が参加されるようですからほぼ定員。
ノルウェー、行ってみたかったな~~
本気度
真剣度 が
足りないんだろう
なら どうすべきか
考えるまでもない