相変わらずの・・・
父と母。
14日の午後3時頃帰省すると、母はせっせと巻き寿司を作っていました。
曰く「お父さんが巻き寿司食いたかって言いよるけん。」
何も手作りしなくても・・・と思いつつ、私は作業を眺めるのみ。
かんぴょうも椎茸も甘辛く煮てあり、卵焼きも焼きたて。
海苔のいい香りが漂っていましたが、食べる気にはなれなかったのが、正直なところ。
「座椅子があれば便利」と言うので、近くのホームセンターまで出向き、L字型の軽い座椅子を買って帰りました。
母は、早速父を座らせながら「ほら、これでもう足が冷えんでよか。冷えは万病の元やからね。よかね、ちゃんと炬燵に座るとよ。」と子どもに言い聞かせるような口調で諭していました。
夕食は、もちろん巻き寿司。
父は食欲旺盛で、ひとりで一本分を平らげ、私と母は型崩れした端の方をつまんだだけで満腹。(三本分でしたから、端は6つあり、その3つで充分)
翌15日、母の受診に付き添い、帰りに新大工市場で買い物。
野菜は2軒の八百屋を回って選び、牛乳、ヨーグルト、肉、魚はスーパーでまとめて購入。
普段はスーパーの宅配を頼んでいるようですが、今回は荷物持ちの私がいたので、すべて持ち帰り。
両足ともに人工股関節が入っているとは思えないほどのスピードでたったか、たったか、市場内を歩き回り、ついていくこちらが息切れしそうなほどでした。
帰宅すると、父は炬燵で横になっていましたが、私たちが不在の間に、排便はすませていた様子。
それなのに、母の顔を見るなり「ウ〇チ!!」とトイレに連れていくよう命令します。
「いないときはひとりで行けたんだから、手伝わなくていいよ!」と母を制したけれど、母は「なんてね、またトイレてね、世話の焼けるね~」と言いながらもイソイソと付き添っていました。
おそらく、毎日がこの調子なのでしょう。
母はさらに「さぁ、今日はお父さんの清拭ばせんばいかんとさね」と腕まくり!
看護婦だった頃を思い出して、張り切る気持ちもわかるけれど、このままこのハイテンションが続いたら、早晩倒れるのは目に見えています。
それでも、訪問看護や介護、リハビリを入れるのは、父だけでなく母も拒否。
唯一、月2回の訪問診療だけは受けているけれど、駐車場までさえも歩けなくなったので、薬を処方して貰う為にはそれしか方法がなかったからです。
この日の午後、父と母を担当してくださっているケアマネさんと二人で会って、話をしましたが、結局のところは「打つ手なし」。
ケアマネさん曰く「私たちの言うことは聞かれなくても、お医者様の言うことなら少しは聞いてくださると思うのですけれど・・・ドクターがですね~、あんまりプッシュしてくださらないというか・・・」
この辺りは義妹も同意見。「いくら『個人の意思を尊重する』と言っても限度がありますよね~」と。
ドクターは母の『献身的看護』を褒め、父の『自己流リハビリ』でさえ「いいですね~、それ続けてください。」と褒めまくるのみ。
専門的なリハビリをしたところで、良くなる見込みがないのなら、気休め程度の自己流で充分ということなのでしょうか。 あるいは、
我が家以上に酷い老老介護の現場を、いくつも見ておられるからだとしても、我が家の実情をきちんと把握して、的確な判断を下しているとは思えません。
母は母で、ケアマネさんに「ウチの娘と嫁は仲のよかとですよ~~。二人でコソコソ話ばしよるとです。この頃その仲間に〇〇さん(ケアマネさんの姓)も入っとるとでしょう?」と言ったそうです。
電話やメールで情報共有をしているだけですが、メールが使えない母にとって、自分の知らないところで話がどんどん進んでいるようで、気が気ではないのでしょう。
「そのうちどこかの施設に入所させられる」と危惧しているのだと思いますが、二人とも「認知症なし」なのですから、勝手には手続きできませんし、そもそも施設を考えてはいません。(もう少し早い段階なら、ケアハウスやサ高住という選択肢もあったでしょうが、今となっては無理なので)
二人が望む自宅での生活を少しでも長く続けさせたいから、とあれこれ画策しており、その為のバリアフリーの提案(これも却下、曰く「慣れているから」)、手すり設置(これすらかなりの難色を示した挙句ようやく設置)、訪問看護・介護等であるのに、ことごとく拒否するのですから、もう処置なし。
ケアマネさんや義妹と出した現段階での結論は、「このまま見守り継続。なにかコトが起こった時には、迅速に、連携プレーで対処する」。
「老いては子に従え」
と言われても
そう易々と従えるものじゃない
まして 愛のない
憐憫の目しか向けぬ子に