ちのっぷすの徒然五行歌

CHNOPSの塊に過ぎない私になぜ意識が生じたのか

今日の五行歌766~愛情

中距離介護?

これからまた長崎に行ってきます。

母の手の腫れは、一向に引かず、膝まで痛くなってきたそう。

病院を変えたところ「リウマチの専門医」を紹介されたらしいのですが、交通と買物の便が悪い(この期に及んでもまだ買物をする気でしょうか?)その病院は断り、済生会を受診することになりました。

本当にリウマチでしょうか?(それがわからないから専門医受診を勧められたのでしょうが・・・)

2月6日に突然左手が腫れ、2日後に右手も。両手に広がった腫れは全く引かず、痛みはどんどん強くなっているようです。

予約日は3月3日とまだ先なので、とりあえず痛み止め・炎症止めは処方され、服用しているけれど、痛みもほとんど消えないようです。

そんな状態でも、父の面倒を見ようとしますから、悪化の一途をたどるのは当然

最近、私も週2回帰省することが増えていますが、それ以上はさすがに難しく・・・

夫は「しばらくむこうで暮らした方がいいんじゃない?」と言ってくれてはいるけれど、夫も若くはないし、夜一人の時に倒れたら、と思うと何日も連泊する気にはなれません。

毎朝通って、毎夜帰ってくるということもできないではないにしろ、それはさすがに私の体がもたないでしょう。

弟夫婦は長崎在住ですから、協力しながら、上手く回していくことを考えるしかありません。

とはいえ、義妹はドライに割り切っていて(悪い意味ではなく)、「お母さんたちが(施設等ではなく)『あの家で二人で暮らす』ことを選んだのだから、「他人に毎日家に来られるのはイヤ」なんて言ってないで、毎日でもヘルパーを入れるべき」という意見です。(だから「必要な物の調達とか受診には付き添うけれど、家事は担わない」ということでしょう。)

私としては『毎日他人が来る』と気が休まらず、かえって体調崩すんじゃないかと思わないでもありませんが、『気が休まらない』のは娘の私が来る時であっても同じかもしれません。

長年、二人だけの生活で、二人だけのペースだったのですから。

共依存であっても、それも今さらどうしようもないのです。

前にも書きましたが、私自身も、上手に息抜きしつつ(今日は武雄図書館に寄ってから行きます。長居はできないけれど)両親を適度に介助、見守りを続けていくしかないと思っています。

父母の姿は、25年後(たった!)の私たち夫婦の姿なのかもしれません。(夫は「俺はそんなに長生きしない」との笑いますが・・・だとすると「私たち夫婦」の時間もそう長くない・・・)

愛情

ではなく

義務感

自分が

後悔したくないだけ

では、行ってきます。