長崎三泊四日
実家に三泊もしたのは、かなり久し振り、だと思います。
今回は3日の母の受診に合わせ、2日のうちに帰省し、はじめから二泊はするつもりでした。
が、4日日中の母の様子がなんとなくおかしく、もう一泊した方がよさそうに感じ、そうすることに。
その予感は的中しました。(今だからそう思うのでしょうけど)
4日夜11時頃、トイレに起きてきた母が、大きくフラつき倒れかけたのを抱きとめたのです。
この時はまだ、新しい薬の副作用かな、くらいにしか思っていなかったのですが・・・
5日の朝、父の朝食の支度をしつつ、母の様子を見に行ったところ、顔面蒼白。
声をかけても反応鈍く、ただならぬ感じがしたので、義妹に電話し、救急搬送することに。
搬送先は2日前に受診したばかりの済生会。
担当医もすぐに来てくださって、2日前の、痛みの訴えはあるものの元気ではあった母の急変ぶりに驚かれた様子。
ところが、バイタルはほぼ正常で、脳梗塞や心筋梗塞などの異変もない・・・。
とすると・・・もしかして・・・?!
思い当たることがありました。
それについては、ここで詳細は述べられませんが、だとすると、おそらく入院は長引かないだろうと思います。
ただ、その間は父一人になるので、弟と交替で泊まることにしました。(7日からまた長崎)
前回の母の入院時は、父一人で全く問題ありませんでしたが、パーキンソンが進んだ今では、難しい。
とはいえ、私が母の病院に行っている間、父は冷凍庫から冷凍チャーハンを取り出しており、私が帰るなり「賞味期限が2ヶ月も過ぎとる、早う食べんといかん、これば今日の夕食にしてくれんか」と言ったくらいですから、いざとなれば冷凍庫を開けることはできたのです。おそらくその気になればレンチンもできるでしょう。
昭和一桁生まれって、逞しい。
そうはいっても、父の一人暮らしはもちろん、母との二人暮らしももう限界。
これを機に、本当はどこか良い施設を探すのがよいのだとは思います。
ですが、昭和の大変な時代を生き抜いてきた父の気持ちを思うと・・・最後通牒を突き付ける勇気がありません。
かといって、私たち夫婦ももう若くはないのですから、両親の世話に明け暮れたくもありません。
・・・考えていても埒が明かないので、今夜はもう寝ることにします。
おやすみなさい。
面会簿に
私の名前
旧姓で書かないで
おじさんになっても
たまにカワイイ弟