籠り日2日目~葉書整理②
昨日、年賀状の整理中に「どうしても思い出せなかったひとり」を、今朝は思い出していました。(睡眠効果?)
元同僚でしたが、私と入れ替わるように入社した人だったので、おそらく数日の関りしかなく、記憶からスッポリ抜け落ちていたのでしょう。
でも、彼女の顔とともに、あるしぐさを鮮明に思い出しました。とても良い印象の人だったことも。
昨日も書きましたが、個人情報保護法とスマホの普及のせいで、ここ十数年は、親しくなった人からすら、年賀状は届かなくなりました。
今、現時点では、その人たちの記憶はしっかりありますし、付き合いが続いている人ももちろんいます。
ですが、数年後はまだしも、数十年後は、覚えていられるでしょうか?ー私は自信がありません。
だからこそ、葉書がその「よすが」となるような気がして捨てられないのだと思います。
葉書が一段落したところで、古い切り抜きのファイルを見つけました。
ジョージ・ハリスンの福岡公演のお知らせやチケット、スポーツ新聞の切り抜き(夫が私の為に切り抜いてくれたんだと思います)が挟んでありました。


1991年の新聞ですから、30数年前、黄ばみと文字の小ささが時代を感じさせます。
ちょうど、長女を妊娠している時でした。
大きなお腹(八ヶ月)を抱えて、ひとりでサンパレスまで見に行ったなぁ。(後で夫が「一緒に行ってやるべきだった」と言ってくれましたが)
後にも先にもミュージシャンのコンサートに行ったのは、この一度だけです。
でも生涯(おそらく今後も行かないだろうから、あ、エリック・クラプトンかダーニ・ハリスンが来日したら、行くかも)たった一度きりのコンサート体験が、敬愛するジョージのライブだったのですから、最高の思い出です。(そうだ、私の棺には丸ごとこのファイル入れてもらおう!)
ところで、全然関係ないのですが、先日「下書きに入れたはずの記事がなぜか保存されてない」と書いていましたが、今日それが見つかりました。
なぜか《海外ドラマ雑記帳》の方の下書きに入っていたのです。どうしてだろう???
いずれにしろ、やっぱり「アップしない方がよい」と言うことだったのでしょうね。
40数年分の葉書を整理しながら、過去に引き戻されたような奇妙な感覚に囚われ、しばしば作業の手も止まりましたが、なんとか整理することができました。
天気がよかったので、窓ガラスの掃除もするつもりだったのに、葉書整理だけでほぼ一日が終わってしまいましたが。
読み返すことなく、すべてを「エイヤッ!」と破棄してしまえば、この二日、他の作業にあてられたのに、と勿体なく思わないでもないですが、一区切りというか、けじめは付いたような気はします。
必要な二日間だったのだと思うことにします。
ズボラなくせに
やり始めると
完璧を目指す
これって短所?
それとも長所?