思いがけない事満載の長崎!
25日の朝、こちらを出発して、まずはココウォークに寄りました。
お目当ては、lifesttyle store KOMINNKAN(コーミンカン)Gallery space で開催中の以下のイベント。
この中のアートコーナー《天然色―pre-ピースピース工場》-今年の9月に『ながさきピース文化祭』でアートイベントを開催されるツナグファミリーさんとミナトマチファクトリーさんの合同展示(ミナトマチファクトリーさんは販売も)を見たかったのです。
会場で、思いがけず山口亮さんの作品を目にし、「そういえば彼はツナグファミリーのメンバーだったかも!」と思い至りました。
山口さんとは風の大地美術館の展示会で、作品とご本人、ご家族とお会いしたことがあるのです。
(宜しければ過去ボログ覗いてみてください)
7月5日(土)と6日(日)には、ツナグファミリーメンバーさんの「ライブペインティング」もあるそうです。
どちらかに(たぶん日曜になるかな)再訪しようと思っています。
翌日26日の午前中は、母に付き添って市役所まで出向きました。
用向きは「戦没者等遺族に対する特別弔慰金」なるものの支給請求。
私はこれまで全然知りませんでしたが、母には私が知ってる伯父のほか、兄が二人いて、一人が戦没者に当たるのだそうです。
これまでその弔慰金は、祖母亡き後は母のすぐ上の兄(私が知っている伯父)が受け取っていたらしいのですが、その兄が亡くなったため、請求する資格があるのは母だけになったとのこと。(伯母は一時期養女に出ていたので、当時同居しておらず権利がない?)
兄存命中も母に受給権利はあったはずですが、年額5万円程度なので、二人で分けるほどのこともなかったため、母は知らなかったのでしょう。
この手続きに、なんと3時間近くもかかったのです。
請求書類に必要な戸籍3通を取るために、別の戸籍をまず取ってそこから辿る、という手間が発生したため、時間がかかったわけです。(お金も!)
おまけに母の父の本籍は、長崎市ではなかったようですし、兄がどこに本籍地を移したかも母は知りませんでしたから、役所の方も根気よく調べてくれたものだと頭が下がります。(それが仕事とはいえ)
それにしても、こういうことでもなければ、古い戸籍を見るなんて経験、ないですよね。
戸籍を目にして、祖母が後妻だったことや、母に腹違いの兄、姉(いずれも故人)がいたことを初めて知りました。同時に子どもの頃からの疑問「昔にしては兄妹が少ないなぁ」も解けました。
で、無事書類提出は終わりましたが・・・受給開始は半年後・・・だそうです。
受給者は高齢者ばかりなのに、半年後・・・母は笑って「その時まで生きとるかどうかわからんね~」。
さらに、弔慰金は5年分まとめて支給されるそうなのですが、途中で亡くなったらどうなるんでしょう?(そういう人、少なくないと思うのだけど・・・)
「イベント」からは逸れましたが、滅多にない経験なので、書き留めておきたくて・・・
この日、午後から向かったブリックホールでの「三田村静子の平和活動40周年展」では、タイミングよく、三田村さんご本人の紙芝居を見ることができました。
ご主人と一緒に、会期中毎日(6月16日~30日)実演されるのだそうです。

展示を見るだけで、お会いできるとは思っていなかったので、嬉しい誤算でした。
「ノルウェーからもう半年ね~~」とその話題にも花が咲きました。
協力のララコープとの関りもお聞きしたら「食の問題にも取り組んでいたからね。真っ赤なウインナー、昔あったでしょ。合成着色料とか、カラダにいいわけない。」
あんなにか細くて小さな体のどこに、そんなパワーが潜んでいるのでしょう。
来月は、なんと日帰りで五島!に行かれるのだそうです。紙芝居と講演のためだけに。
さらに、もうお一人、嬉しい再会がありました。
「どこかでお見かけしたような」とは思いながら、忘れていたのですが、お名刺を頂いて「!」
東山手甲13番館でご縁があった内藤修子先生だったのです。(宜しければ以下をどうぞ)
なんだか、ゴチャゴチャとまとまりなく、長くなってしまいました。
今回の展示については、写真、動画、ブログアップすべてOK頂いていますから、これから編集してアップしますね。
会場全体、大迫力で見る者に迫ります。(その辺りをうまく撮影できているとよいのですが・・・)
三田村さんご自身はもちろん、主催団体、協力団体あってのことでしょう。
何か、私にもできることがあるかな・・・
とりあえず、ヘタクソながら、できるだけ早く動画を完成させますね!
意識に上るより
僅かに早く
手が動き
頭が働き
仕様が整う