ちのっぷすの徒然五行歌

CHNOPSの塊に過ぎない私になぜ意識が生じたのか

今日の五行歌864~「誰でも年を取る」

束の間の我が家

昨夜と今夜は弟に任せ、私はいったん自宅に戻りました。

お盆休み長女家族が来るので、彼らが快適に過ごせるような状態にしておかなくちゃと、せっせと掃除に励んでいるところです。(普段どれだけ「不快」な状態の部屋だか、ご想像にお任せします)

特に今年はその間、私は実家に戻っていて不在なので、キッチンはもちろん、冷蔵庫や食品棚の中など、バックヤード的なところも「見場良く、使い勝手良く」しておく必要があります。

私の悪い癖(案外、唯一の長所?)で、やり始めるとあちらもこちらもと徹底的に片付けたくなるので、とても一日では終わらないのです。

あちらもこちらも・・・、そうA棚を片付けている時、本来B棚に置くべきものが置きっぱなしになっていたら・・・当然B棚に戻しに行くけれど・・・今度はB棚が気になって、B棚に手を付け始め・・・そこで本来C棚に・・・といった具合にあちらもこちらも収拾がつかなくなる・・・やっぱりADHDでしょうかねぇ~~。

明日からまた長崎ですが、9日長崎原爆忌ですね)にも、自分の受診の為に戻りますので、その日最終仕上げ(大袈裟な!)ができればいいかな、と。

(だからこうしてブログに逃げて、ひと休み)

ところで、夫は、マメな人で、家事もかなりこなす男性です。

(調理9:1、洗濯1:9、掃除・片付け3:7と言ったところ。←前の数字が夫)

翻って私、かなりズボラな主婦ですが、それでも「よく家事をする夫」より「ズボラな妻」の私の方が、家事負担は多いような気はします。

食材の買い出しはじめ調理は、今は殆ど夫担当で、これが一番目立つ家事なので、洗濯や掃除が私として、半々の家事負担のように見えますが、洗濯はともかく、掃除および片付けの中には無限地獄が潜んでいるので、勢い負担も増す・・・のですよね。

家事ってホントにキリがない・・・

 

ところで、父の件で進展がありました。(連続ドラマ気分でお読みください)

前回、お話していた通り、4日に弟と介護付き有料老人ホームの見学へ。

父の場合、選択肢はあまりないので、見学して説明を聞いた後、入居申込書も入手。

こちらの記入は弟に任せ、私は入居判定に必要な「健康診断書」を預かり、記入してもらうべく主治医のもとに走りました。

入居申込書提出の時点で、ケアマネから情報提供がなされるので、その後、父との面談(自宅に来て会って貰う)の予定が組まれるそうです。(「健康診断書」は遅くなっても構わないと言って頂けました。「情報提供」の中に健康状態も記されているはずなので、ある意味形式的な必要書類だからか?)

父は退院3日後には「理性」が戻ったと書いていましたが、妄想は沈静化しているものの、様子がおかしく、ひとことで言えば「頭のどこかが『壊れた』ような感じ」

義妹は「明らかに『認知症』出てますよね」と同意を求めます。

言外に「娘だから『認知症を認めたくない』のでしょうが」のニュアンスも感じられましたが、正直なところ、私にもよくわからないのです。

確かに見た目は「どんよりした目、口からはよだれ」ですし、「言葉は単語や二語文(それも要求のみ)を発するのがやっと」ですから、どう見ても「ヨボヨボのボケた爺さん」にしか思えないのですが・・・。

ケアマネさんや主治医、半年ほど前からお世話になっている訪問看護師さんらは「認知症の傾向は全く見られない」と言われますが、そのいずれの人たちも「今、まさにこの状態」の父には会っていないので、「判定」はできないでしょう。

退院直後は「一時的な混乱」だったのでしょうし、その後数日で「元に」戻ったのに、今また「変に」なりつつあるのは何故?

脳に萎縮は全く見られませんでしたし、血圧も正常値(それも若い人並みの)、狭心症とパーキンソン症候群はあるものの、どちらも直接「脳」に異常をきたすものとは思えません。(それも週単位の短期間で)

いわゆる精神疾患は、脳の疾患のはずですが、画像や数値に現れるものではないので(詳細に調べれば、なんらかの異変は見つかるのでしょうが)父の異変の原因がなんなのか、全く分かりません。

明日行くのが・・・父に会うのが・・・怖いのがホンネです。

で、ホームの件に戻りますが、面談後、父の同意(また気が変わっているかも)が得られ、先方の審査が通れば、月末には入居可能だそうです。

もちろん1日でも早い方がいいので、速やかに面談、審査が終わることを望むばかりです。

とはいえ、最短月末

あと3週間以上あります。

それでも「先が見えてきた」(審査に落ちたら・・・は今は考えたくない)のですから、あとは1日、1日を乗り切るしか・・・

今日の気分はGeorgeのこの歌ですね、やっぱり。


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「誰でも年を取る」

当然至極の現実だが

父にとってのそれは

「老醜を晒し続ける」

耐えがたい苦痛なのだろう