ちのっぷすの徒然五行歌

CHNOPSの塊に過ぎない私になぜ意識が生じたのか

今日の五行歌1035~恵まれた環境への

母の嘘②

今回で最後のはずだった大学病院の口腔外科、また来月も受診するハメに。

相変わらず口が開けづらく「痛い」を連発する母に、主治医はベテランの医師を呼びました。

CTの画像などを見て「骨髄炎がまだ完全には治ってないから、外来でソウハすればスッキリなるんじゃないか」とアドバイス。

「外来で」ということは「通院で」の意味でしょうか?

「ソウハ」とは「掻把」のこと?

正直、厄介なことになりそうだなと思いつつ、主治医の説明を待ちました。

主治医は「高齢ですし、血液サラサラの薬も飲んでおられるから、手術するとなると、2、3日は入院して頂いての処置になると思います。ただ・・・それで、スッキリよくなることもあるけれど、逆に、今より痺れが強くなることもあるので・・・どうするかは、ご本人とご家族で話し合って決められてください」と、積極的には勧めませんでした。

とりあえず、再び抗生剤を処方され、1ヶ月後に再受診、その際に返事をすることに。

母は「どうするか先生にお任せします」と答えましたが、私も義妹も(おそらく弟も)「処置の必要なし」だと思っています。(つまり「断わる」)

診療後、まだ午後2時半だったので、かかりつけ医に電話。

連休明けで忙しいことはわかっていましたが、全身(特に左上半身)の痛みと乳癌を疑っていることを話し、痛み止めだけでも処方して貰えないかと、受診したい旨伝えたところ「3時過ぎに来られてください」と応じて頂けました。

やはり、いつもよりは患者さんが多く30分以上待ちましたが、診察を受けた甲斐はありました。帯状疱疹でもなく、もちろん乳癌でもないだろうとのこと。

母は「しこり」のことは一切話さず(「ない」のがバレるから?)「先生、癌は貧血を伴いますよね?先月貧血の薬が出たから、まぁた今度も癌じゃないかと」と心配げに尋ねたのですが、

前回貧血だったのは、しばらくまともな食事を摂っていなかったからでしょうし、大腸癌の時のように劇的に低い値だったわけでもありません。

素人が考えても、大腸癌や胃癌なら貧血が見られるでしょうが、乳癌は直接関係ないはず。

当然、母が望んでいた「乳腺外来」への紹介状は書いてもらえませんでした。(ホッ)

母はなおも「先生、夜が全然眠れんとです。この間の睡眠薬は全く効きません!」と別の睡眠薬を所望しましたが、それもアッサリとかわされていました。

医師曰く「別に夜眠れんなら眠れんでもいいたい。(ご主人がいる時みたいに)朝早く起きる必要もなかし、昼でも夜でも、好きな時に寝て、好きな時に起きていいとやけん。眠れん、眠れんって思うこと自体が、よくなかとよ。眠れん時は『眠れんでもよかさ~』くらいにかる~く考えとった方がよかよ。」ー名言ですね。

帰り際、母はまたもや「もう5ヶ月以上、家には1回も帰っとらんとですよ!」と大ウソを。

「この間、自分一人で帰ったやん!」と言うと即座に「たった1回だけやかね!」と反論。

私も負けずに「ほかにも私と2回、泊まったでしょ!」と言うと、それも即座に「1回だけですよ!」-確かに!母が「泊まらない」と言ったので、私だけ泊まったことがあったのでした。つまり母の言う通り「1回だけ」。(にしても「家に2回は帰っている」)

看護師さんたちの前で見苦しい親子ケンカをしつつ、病院をあとにしたのでした。

ケアハウスの夕食は予めキャンセルしていたので、送る前に食事を摂ったのですが・・・

母はトンカツ定食をペロリ。曰く「あそこの食事は、美味しくないことはないけど、年寄り向けで、やわらかいものばかりさね」とトンカツを食べたかったことを強調。

さらにもち吉で煎餅や芋けんぴなど約1500円、スーパーで果物や菓子類など約2000円分を購入。どこが食欲ないって???

母を送り届けて、実家に戻ったのは午後8時過ぎ。日帰りできないこともありませんでしたが、疲れていたので、そのまま泊まることに。

そして今日、武雄図書館に寄ってきました。

まずはカウンターで返却手続き。

この時、毎回プチ・ストレスを感じます。

「全部返却です。」といって差し出すのに、必ず(マニュアル通りに)「延長される本はないですか?」と聞かれるのです。

その度「全部、返却です。」と、全部をハッキリ、ゆっくり再度言わないといけません。

(その時、そのニュアンスに気付いて「失礼しました」というスタッフと、何も気付かず手続きを進めるスタッフがいるのは、なかなか面白いですが。)

来週は、別件で色々と忙しい1週間になりそう・・・予定通りに進むのか、ハプニングが起きるのか・・・面白がっていようと思います。

LaLa愛宕から見た夕闇の稲佐山          武雄図書館から見た山



恵まれた環境への

「罪悪感」は

すべて

「感謝」に

置き換えよう