結局パーキンソン?
父の受診付き添いの為、昨日から長崎入り。
今朝みなとメディカルセンターに行き、前回の検査結果を聞いたところ・・・
「ここが心臓で、ここが肺、肝臓がこれ、(ンなことは言われなくても分かる)で、これでみるとパーキンソンとしてよい値だね」と意味不明。
パーキンソンとしてよい値って?確実にパーキンソンってこと?
そもそも脳血流シンチと脳のMRIのはずなのに、なんで胸部の画像を見せられるの?
???だらけでしたが、高齢で高名な医師のようですし、へたなことは言えません。
それでも、「先生、前回はっきりと『パーキンソンじゃない』って仰いましたよね?」とだけはしっかり言い返したら、
「そうだったかね」とPCのモニターをスクロールして確認。
前々回、「パーキンソンじゃない。この震えはパーキンソンのとは違うし、吃音はそもそもパーキンソンとは関係ない」とのことだったので、あらためて脳血流シンチグラフィーとMRIを受けることになったのに、その経緯さえもよく把握していない様子。
画像を見せながら(当の医師も今日初めてその画像を見たような感じ。そうね、週に1回の勤務なら、そうなるかもね)説明をするというより「パーキンソン症候群だね」と結論づけただけでした。
脳のMRI画像は、ほぼ4年前と変わらずキレイで萎縮も殆どなく、医師は「93歳か」と少し感心するようなニュアンスで呟かれたので、その年齢にしては花丸といってよいのでしょう。
結局何だったの?4年前の診断と同じ?
「パーキンソンの疑い」から「パーキンソン病」に昇格したの?
父も私も、何か新たに判明すると大きな期待を寄せていたわけではありません。
ですが、一縷の望みはあったのです。もしかしたら少しはマシになるかも、と。
ですが「薬の量をもっと増やしましょう」だけでした。
全く効いていない薬を、マックスまで増やしたところで、効くはずもなく、副作用の幻視、幻覚の方がよっぽど怖い。
肩透かしもいいところです。
いくら期待はしていなかったとはいえ、父は落胆を通り越して、すっかり諦めの境地。
医師に対する不信感もさらに強固なものになりました。
「やっぱりもう市民病院には行かん」「行ったところで治るわけじゃない」
確かに、私もみなとメディカルに通院する意味はないと思います。
唯一意味があるとしたら、受診の為に外出し、ほんの数メートルでも、シルバーカーで歩いて外食して帰ること、くらいです。(家の中では這うだけですし)
主治医の訪問診療を月2回受けていますから、そういう機会でもないと外出もしないので、その意味では受診も悪くはないのですが・・・。
たっぷり「30分間」診療時間が設定されていることもあり、父は8年前の心臓カテーテル手術のことを語り始めました。
「誰も私の言うこと信じませんけれど、たしかに8年前にあの手術を受けてから突然悪くなったのです。自分の体のことなのだから自分で分かります。その前までは全くこういうことはなかった・・・」
それはその通りなのかもしれません。手術をきっかけに、悪くなったことはありえると思います。
ですが、父の言う「女医が失敗(手術中「あら、しもうた!おっちゃえた!(あら、しまった、落っこちた!)」と叫んだのを聞いたらしい)したのに、それを認めない」はまだわかるとして、
「そのことで女医を詰ったら、次の受診の時に、静脈に何かイタズラされた」はさすがに誰も信じないでしょう。
「落っこちた」のが事実だとしても、拾って処置は無事続行されたなら、女医が「失敗はない」といっても嘘にはあたりません。
まして「クレームを付けた患者に仕返しをした」なんて医師免許を剥奪されるような行為は普通はしないでしょう。(「絶対ない」とは言い切れませんが)
「妄想がエスカレートしている」と言われても仕方のない状況です。
退職後、毎日コナミスポーツに通い、筋トレとサウナを日課にしていた父。
コナミを昨年退会して以来、歩くこと、動くことが極端に減ったせいか(廃用症候群同様)今では坂を転がり落ちるように、症状が悪化し、殆ど歩けない状態に。
「『手術ば受けんならよかった』けど『いまさら言うてもしよんなか(仕方ない)』けん、一生我慢せんばとやろう」ー確かに、もう手立てはなさそうです。
パーキンソン病専門病院で診てもらうという選択肢は残されていますが、父は首を横に振るでしょう。「もういまさらよか」と。
それにしても、もう今度こそ本当に(三度目の正直?)「老夫婦二人暮らし」は限界!
来年は一体どんな年になるのやら?
その前に「来年」が無事迎えられるのか?
ノルウェーモード全開!になる予定でしたが、少々気が重く、さすがにルンルン気分にはなれません。
ノルウェー語どころか、英会話も全然取り組めていない有り様。
明日から、そうね、明日絶対にやるべきことひとつありますから、それを午前中に片付けたら・・・始めます。
母の兄も
父の末の弟も
いつも通り床に就き
眠ったまま逝った
誰もが羨む最期